月別アーカイブ: 2012年3月
私は一人でじっとしていることがやり切れなくなって、そこで姉を揺り起こした
私は一人でじっとしていることがやり切れなくなって、そこで姉を揺り起こした。 ――姉さん、ごらんなさい。あの雲の中にそびえている大きな建築を。」 私は窓を開け放して、姉に遙かの町の景色を見せてやるのであった。 ――僕は、いまに、あれよりももっと立派な大建築をこしらえて、姉さんを住まわしてあげますよ。」 すると姉は首を上下にうなずかせながら、手真似をして答えた。 ――バカヤロウ、アレハ、カンゴクジャナイカ!」 ――ちがいますよ!」と私はびっくりして答えた。 ――オマエハ、バカダカラ、シラナイノダ。ワタシハ、オオキイウチハ、ミンナキライダヨ。」 ――では、みんな壊してしまいましょう。」と私は昂然として云った。 ――アンナ、オオキイウチガ、オマエニ、コワセルモノカ、ウソツキ!」 ――ダイナマイトで壊します。」 ――ソレハ、ナンノコト?」 ――薬です……」 私は、黒い本を開いて読み上げた。 「ニトログリセリン 〇・四〇 硝石 〇・一〇 硫黄 〇・二五 粉末ダイアモンド 〇・二五 ――ワタシハ、ソノクスリヲ、ノンデ、シニタイト、オモウ……」
姉は、夜更けてから、血の気の失せた顔をして帰って来て
姉は、夜更けてから、血の気の失せた顔をして帰って来て、私にご飯をたべさせてくれた。 どんなに、姉は、私を愛しんでくれることであろうか! 姉は腕に太い針で注射をした。――姉の病気は此頃ではもう体の芯まで食いやぶっていた。 姉はそして昼間中寝てばかりいた。姉は眠っている時に泣いた。泪が落ちくぼんだ眼の凹みから溢れて流れた。 私は真昼の太陽の射し込む窓の硝子戸に凭りかかって、半ズボンと靴下との間に生えている脛毛を、ながめてばかりいた。 (――私は、姉を食べて大きくなったようなものだ。) 私の心は、そんなにひどい苦労をして、私を大人に育て上げてくれた姉に対する感謝の念で責められた。私にとって、姉の見るかげもなく壊れてしまった姿は、黒い大きな悲しみのみだった。私はなぜ、私が大人になるためには、それ程の大きな悲しみが伴われなければならなかったのだろうか、と神様に訊き度かった。……大人になったことも、姉を不仕合せにしたことも、私の意志では決してないのだ。親父と二人の阿母(おふくろ)とに、地獄の呪いあれ!……私は堪え難い悲嘆にすっかりおしつぶされてしまって、あげくの果に、声をしのんで嗚咽するのであった、私は寧ろ死んでしまいたかった。
ワタクシ、オマエガ、キライダ
――ワタクシ、オマエガ、キライダ!」 ――なぜです?」 ――オマエハ、モウ、ソレヨリ、オオキクナッテハ、イケマセンヨ。」 ――なぜです?」 ――ワクシハ、オマエト、イッショニ、クラスコトガ、デキナクナルモノ。」 ――なぜです?」 姉は私の硯箱を持って来た。私は眼に一丁字もない彼女が何をするのかと、訝(あやし)んだ。ところが姉は筆に墨をふくめて、いきなり私の顔へ、大きな眼鏡と髯とをかいた。それから私を鏡の前へつれて行った。 ――立派な紳士ですね。」と私は鏡の中を見て云った。―― ――ゴラン!ソノ、イヤラシイ、オトコハ、オマエダヨ。」 姉は怯えた眼をして首を縦に振った。 私は姉をかき抱いて泪ながらに、そのザラザラな粗悪な白壁のような頬へ接吻した。姉は私の胸の中で、身もだえして唸った。
到頭、或る日姉は私が本当の大人になってしまったことを覚った
到頭、或る日姉は私が本当の大人になってしまったことを覚った。 遊び友達のない私は、家の裏の木に登って、遠くの雲の中に聳え重なっている街を見ていた。すると姉は私の足をひっぱって、私を木から下ろしてしまった。 姉は私のはいている小さな半ズボンをたくし上げた。 姉はさて悲しい顔をして首を縦に振ってうなずいた。 姉が首を縦に振ってうなずく場合には、我々普通の人間が首を横に振って、いやいやを、するのと同じ意味なのであった。彼女の愚な父と母とは、ひょっと誤って、幼い彼女にそんなアベコベを教えてしまったのだ。不具者のもちまえで、彼女は頑に、親の教えた過ちを信じて改めなかった。 姉は幾度も私の脛を撫ぜて、幾度も首を縦に振った。 ――姉さん。どうしたの?」と私は訊ねた。 姉は長い間に、私と姉との仲だけに通じるようになった。精巧な手真似で答えた。 出会い系を極める-出会い道場- SEO対策@被リンク