奪われなかった彼女

 彼自身が、そして奪われなかった彼女が居る。否、奪われた彼女と、奪った男。
 とにかく居る。男と女が。そして、今彼の眼にはそれが昔の彼女であり、彼であり、彼女を奪った男であり奪われた今の彼女である。
 彼は男女の背後に向ってうおーと一つ吼えた。男女は驚いてベンチから立ち上った。男女の突然立ち上ったけはいを受けて一条の落葉が散って来た。その間から男女の不意に慌てた四つの瞳光が彼に向った。彼はまたうおーと吼え男女をめがけて飛び立った。彼の脳裡の熱塊が彼から飛び出て四散した。彼は、逃げ出した男女を追った。彼から四散した脳の熱塊の四散を追った。追った。走った。落葉を蹴って、落葉を浴びて、男も女も彼も走った。男は女を抱え、女は男を捉えて走りに走った。男と女は公園から街への道を知り抜いて居る伯林児だ。彼よりもとっくに先きへ馳け抜けて、彼の追襲を街の同胞に訴えた。
 男女の姿を見失っても、彼は何かを追い廻して居た。彼がチア公園の落葉の森を出端れて街の太陽の光の中に出た時、彼の古マントの袖は破れ、下駄の緒は切れ、木の根で痛めた指からはなまなましく血が滲んで居た。そして森の落葉を唇に喰いそれをまた体中にまぶし付けた一人の日本男、狂人として彼は伯林市の市街巡査等の庇護の手にとらえられた。
Windows8 wiki 竹薮に矢を射る

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