主人は、パッパッと二つばかり、巻莨を深く吸って、
「……この石の桟道が、はじめて掛りました。……まず、開通式といった日に、ここの村長――唯今でも存命で居ります――年を取ったのが、大勢と、村口に客の歓迎に出ておりました。県知事の一行が、真先に乗込んで見えた……あなた、その馬車――」
自動車の警笛に、繰返して、
「馬車が、真正面に、この桟道一杯になって大く目に入ったと思召せ。村長の爺様が、突然七八歳の小児のような奇声を上げて、(やあれ、見やれ、鼠が車を曳いて来た。)――とんとお話さ、話のようでございましてな。」
「やあ、しばらく!」
記者が、思わず声を掛けたのはこの時であった――
肩も胸も寄せながら、
「浪打際の山の麓を、向うから寄る馬車を見て――鼠が車を曳いて来た――成程、しかし、それは事実ですか。」
記者が何ゆえか意気込んだのを、主人は事もなげに軽く受けた。