御祝儀なしじゃ、蕎麦屋さん、御免なされ。は、は、は。)と、寂しそうに笑って、……雪道を――(ああ、ふったる雪かな、いかに世にある人の面白う候らん、それ雪は鵞毛に似て、)――と聞きながら、職人が、もうちっとと思うのに、その謡が、あれなの、あれ……」
「ええ。」
「そのおなじ謡が、土塀の中からも、嗄声で聞こえるので、堪らなくなって、あとじさりをしながら、背後を見ると、今居たと思う蕎麦屋が影もなしに雪に消えたので、わッと云うと、荷のあった前を山を飛越すように遁げたんですって。
――話は岐路になりますけれども、勉強はしたいものですわね、そのお小僧さんは、ずッと学問を、お通しなすって、いまでは博士で、どこのか大学の校長さんでいなさるそうです。肝心の、近常さんの伜ですがね。」
「伜……成程。」