理学士佐和山さんです

「理学士佐和山さんです。×大を昨年出られた……」と四宮理学士が註を加えた。僕はその名を知っていた。あの天才女理学士が、こんなに若い女性で、しかもこの研究所に居て洋服はおろか袴もつけていない平凡な服装をしているのを発見して驚いてしまった。あとで知ったことだが、佐和山女史は図書係主任を兼任していてこの室に席があるとのこと、その前の小さな机の一つには一脚の椅子が空のまま並んでいた。
「ミチ子嬢は何処かへ行きましたか?」と四宮理学士が訊いた。
「さア、隣りに居ましょう」と女史は指を厚い擦り硝子の入った隣室との間の扉を指した。ミチ子嬢といわれる婦人の机の上には、一輪挿しに真赤なチューリップが大きな花を開いて居り、机の横の壁には縫いぐるみの小さいボビーが画鋲でとめてあった。僕はなんとなくこの机の主のことが気懸りになった。

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