「では、どうぞ」

「では、どうぞ」
「入口の扉に、鍵をかけられましたか」
「鍵?」
「そうです。重大なる話の途中に、人が入って来ては、困るじゃないですか」
「はあ、なるほど」
 実に念の入った客である。余は、すこしくどいと思わぬでもなかったが、感心の方が強かった。扉には、錠をおろした。
「これで、どうぞ」
「ふん、まだどうも安心ならんが、まあ仕方がない」
 と、客は、駱駝に似た表情で、しきりにあたりの窓や扉や本棚の蔭を見渡し、
「……とにかく、これから話をする拙者の発明の内容が、第一他へ洩れるようなことがあると、そのときは、承知しませんぞ。五百円ぐらいもらっても何もならん。そのときは、拙者は、あんたの生命を貰う、あんたの生命を……」
 弁理士稼業が生命がけの商売であるとは、このときにはじめて気がついた。しかしそれだけ、この商売に、張合いがあるわけである。
「どうぞ、もうご安心なすって、発明の内容を……」
「ああ、そのことじゃが」
 と、それでも安心ならぬか、その客は、もう一度、部屋の隅から隅を見廻して、それから、そっと余の方へ、駱駝に似たその顔をつきだすと、低声になって、
「実は先生、拙者は大発明をしたのですぞ。その発明の要旨というのは、いいですか、人間の……人間のデス、人間の腕をもう一本殖やすことである。どうです、すごいでしょう」

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