『まあさうだね。それが事實だとすれば』と、顏の平つたい、血色の惡い、五分許りに延びた濃い頬髯を生やした一人が落付いた聲で言つた。『兎に角今度のやうな事件は、いくら政府が裁判を秘密にしたり、辯護を試みたりしたつて默目だよ。かういふ事件が起つたといふことだけで、ただそれだけでも我々の平生持つてゐた心の平和を搖がすに充分なんだからなあ。人の前ぢや知らん顏してるけれど、僕の方の奴にも大分搖がされてるのが有るやうだぜ』
『さうだよ。昨夜山本(予はこの姓を明瞭に記憶してゐる。何故なればそれは予の姉の姓と同じであるから)に會つたら、幸徳のお蔭で不眠症にかかつたつて弱つてゐたつけ』
『不眠症とは少し御念が入り過ぎたね』
『何でも四五日前に誰かと夜遲くまで議論したんだそうだよ――無論今度の事件についてだね。するとその晩どうしても昂奮してゐて眠れなかつたんださうだが、それが習慣になつて次の晩から毎晩眠られないんだそうだ。君もそんなに昂奮することがあるのかつてからかつてやつたら、これでも貴樣より年は一つ若いぞとか何とか言つて威張つてゐたつけがね』SEO対策無双|半永久被リンクサービス 相互リンクドクター/アクセスアップならお任せ!!相互リンク募集