「その書生さんの時も、本宅の旦那様、大喜びで、御酒は食らぬか。晩の物だけ重詰にして、夜さりまた掻餅でも焼いてお茶受けに、お茶も土瓶で持って行け。
言わっしゃったで、一風呂敷と夜具包みを引背負って出向いたがよ。
へい、お客様前刻は。……本宅でも宜しく申してでござりました。お手廻りのものや、何やかや、いずれ明日お届け申します。一餉ほんのお弁当がわり。お茶と、それから臥らっしゃるものばかり。どうぞハイ緩り休まっしゃりましと、口上言うたが、着物は既に浴衣に着換えて、燭台の傍へ……こりゃな、仁右衛門や私が時々見廻りに行く時、皆閉切ってあって、昼でも暗えから要害に置いてあった。……先に案内をした時に、彼これ日が暮れたで、取り敢ず点して置いたもんだね。そのお前様、蝋燭火の傍に、首い傾げて、腕組みして坐ってござるで、気になるだ。
(どうかさっせえましたか。)と尋ねるとの。
ここだ!」
と唐突に屹と云う。
「ええ何か、」と訓導は一足退く。
宰八は委細構わず。
「手毬の消えたちゅうがよ。(ここに確に置いたのが見えなくなった、)と若え方が言わっしゃるけ。