その室へ移されてから一時間ばかりしてからのことだ。ふと、僕の室の前に突っ立って、しきりと僕の顔を見つめている囚人がある。僕も見覚えのある顔だと思いながら、ちょっと思い出せずにその顔を見ていた。
「やあ!」
とようやく僕は思い出して声をかけた。
「うん、やっぱり君か。さっきから幾度も幾度も通るたんびに、どうも似た顔だと思って声をかけようと思ったんだが、一体どうしてこんなところへ来たんだ。」
その男は悲痛な顔をして不思議そうに尋ねた。しかし僕としては、僕自身がこんなところへ来るのは少しも不思議なことではなく、かえってこんなところでその男と会う方がよほど不思議であったのだ。
「僕のは新聞のことなんだが、君こそどうして来たんだ。」
「いや、実に面目次第もない。君はいよいよ本物になったのだろうけど。」
その男は自分の罪名を聞かれると、急に真赤になって、こう言いながら、
「失敬、また会おう。」
と逃げるようにして行ってしまった。